出版物紹介

アルツハイマー病の治療と研究を中心に

今川クリニック
院長 今川 正樹

 クリニックの開院は2000年の6月です。それまで21年間、兵庫県立尼崎病院に勤務していました。開院の動機はアルツハイマー病の臨床研究を更に発展させたいと考えたからです。私は1980年代中頃からアルツハイマー病の治療に取り組み、鉄剤療法を開発しました。治療薬がない時代に有意に病状が回復することを発見し、海外の学会に報告しました。そのことが1992年の「THE LANCET」に取り上げられ、国内の新聞などでも紹介されて、注目されました。アルツハイマー病の病因解明はされていませんが、その対症療法として鉄剤療法は有効な方法といえます。後ほど、なぜ鉄剤療法に至ったかは少しふれたいと思っています。
 開院1年半になりますが、年間の延べ患者数は約530人、その5割がアルツハイマー病です。ほかには神経症圏などですが、最近目立つのは若年性うつ病、パニック障害、摂食障害です。患者さんの年齢幅をみると10代から90代までいます。来院者は大阪府、兵庫県を中心として、横浜、富山、松山、岡山など遠方の方が多いのが特徴です。インターネットのホームページを見たり、口コミ、紹介で来院されます。JR大阪環状線の福島駅近くのビル診療を選んだのも、遠方から来られる患者さんたちの利便性を考えたからです。

 神戸大学医学部の学生の頃から精神科医を目指していたため、大学院では神経解剖学を学びました。大学から尼崎病院へ移った当時は分裂病の臨床研究をしていました。後にアルツハイマー病へとテーマが変わりましたが、その時の研究が役立っています。分裂病の陰性症状の患者さんに当時、坑精神病薬に加えてビタミンEの投与をしていました。ジスキネジアが出た患者さんに坑精神病薬を止めてビタミンEのみ継続したところ陰性症状の改善がみられました。分裂病の患者さんは赤血球中ビタミンEが有意に低いことが知られています。同様赤血球中濃度が低いのがコエンザイムQです。これはビタミンEと同様脂質ですが、投与したところかなり陰性症状がとれた経験があります。
アルツハイマー病でもコエンザイムQを使ってみましたが効果があまりみられないため、神経伝達物質の合成に欠かせない補酵素、ビタミンB6を併用したところ、効果はありましたが数ヶ月しか持続しません。そこで脳SPECTで血流をみると低下していることがわかりました。脳が酸欠状態なわけです。そこで鉄剤の投与を考えました。コエンザイムQとビタミンB6それに鉄剤の3剤を投与したところ著効が得られたのです。反応も早く、長期持続、少なくとも3年は持続します。
1990年に48歳と58歳の姉妹のアルツハイマー病患者に鉄剤療法を行いました。重症の姉はアルツハイマー病の進行度レベル6で、ひとりでは服を着られない状態でしたが、レベル3の記憶障害は残るが日常生活に支障がない程度に回復しました。妹はレベル5で日常目が離せない状態でしたが、半年でレベル1の年齢相応程度に回復し、自転車に乗って姉の世話をするまでになりました。

 この患者さんの遺伝子解析を辻省次先生(新潟大学神経内科教授)らがされ、21番目の染色体に突然変異がみられ、遺伝性のアルツハイマー病であることが確認されました。この報告が「THE LANCET」に取り上げられたわけです。その後、鉄剤療法は国立精神・神経センターにいた朝田隆先生(現・筑波大学医学部精神科神経科教授)が追試され、効果が認められました。また鉄は知能発達に欠かせないものです。4歳の精神発達遅滞のあるてんかん患者に鉄剤療法を行ってかなりの改善をみています。アルツハイマー病は知能の崩壊が特徴ですが鉄欠乏も1つの鍵になっていると考えられます。
最近アルツハイマー病の前兆としてMCI(Mild Cognitive Impairment)、瞬間的な認知欠損がいわれています。またアルツハイマー病の栄養学的な研究も行われるようになりました。社会関係を含めた環境とのかかわりも重要と考えられます。
今後はアルツハイマー病に関する共同研究などを企画し、研究を継続する一方、最近増えている若年性うつ病の臨床研究にも取り組みたいと考えています。若年者のうつ病は睡眠リズムの崩れも関係していると思われます。またその中に将来のアルツハイマー病予備軍がいるのではないかと考えています。

参考資料:THE LANCET 1992;340:p671

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